以前勤めていた会社を辞めてから…奥さんに代わり一日の大半を娘と過ごしながら、子育てって難しいな~って日々思う、kobayashi(parking@ace)です。
娘と過ごす、いつもの一日
娘が生まれて7年と7ヶ月が過ぎ…小学2年生になりました。
以前勤めていた時は“夜中まで勤務”が当たり前の状況だったので、まともに会えるのは週末の休日ぐらいでしたが…辞めてからは、朝6時半に娘を起こして、朝ごはんの準備をして、一緒に食べて、学校へ行く準備を促しながら、あと片付けをして、小学校へ送って…。
小学校の授業が終わってから4時くらいまで娘がお世話になっているミニ児童会館に迎えに行って、一緒に家についてから夜ごはんの準備をして一緒に食べて、あと片付けして、その後はお風呂に入ったり入らなかったり、部屋の掃除をしたりしなかったり…いろいろやっていたら、もうそろそろ娘が寝る時間。
なかなか自主的にはやらない歯磨きを促して…磨かず寝てしまう日もありながら…磨き終わったら娘はうとうと眠りにつきます。その頃には僕も眠くなり…以前よりも1人の時間がなかなかとれない事を知って、奥さんは大変だったんだと思い知らされました。
いつもの一日と特別な時間
西原理恵子の漫画「毎日かあさん」とはよくできたタイトルだなと実感しました。仕事は夜中まで続こうが休みの日は必ずありますが、子育ては休みの日がありません。
休日にしか一緒に過ごせないから…いつも会えない分、甘やかせたり、いっぱい遊び相手になったりと、その時は仕事をしながら「毎日かあさん」となって奮闘していた奥さんが“いつもの一日”を過ごしている上で成り立っていた”特別な時間”として2人で楽しい時間を過ごしましが、これが「毎日とうさん」となると…叱るとこは叱るし、遊び相手をできない時もあります。
僕が以前勤めていた会社を辞めてから、娘は僕と過ごした”特別な時間”とのギャップに戸惑っていたと思います。
あまり相手にできていないのだろうか?
娘が2歳ぐらいからでしょうか、絵が上手に描けた時、おもちゃの遊び方を教えてくれる時、テレビで見たダンスを覚えた時などなど…。
「パパみて~」「ママみて~」や「みて~」と僕らの関心を向けるよう合図を送ってくれます。そんな時は「よくできたね」「すごい」「上手」などと言葉を返します。2歳から5年7ヶ月の間、一日平均5回以上は「みて~」と言っている回数を計算すると、これまで10,000回以上の合図が送られている事になります。
2人で過ごす時間が”特別な時間”から“いつもの一日”になった今、食器洗いをしたら次は掃除など…てんてこまいな状況の中でも、娘の「みて~」の合図はもちろんあります。「ごめんあとでね~」と言える余裕のある時ならまだいいですが、奥さんや娘の散らかしたものをイライラしながら片付けしている時なんかは…なかなか相手にできません。。
と言っても、メリハリをつけて遊ぶ時は一緒に思いっきり遊ぶようにしています。
寂しいから「みて~」って合図を送る?
ある時ママ友と公園で話している時に、その娘さんが「ママみて~」と合図を送りました。
「やっぱよく言います?」とママ友に聞くと、「よく言いますよ~、子供は寂しいからそう言うってどこかで聞いた事があるんですけど…あまり相手にできていないのかなって思いました」と言われ僕も少し反省してしまいました。ですが…思い返してみると、娘と過ごした“特別な時間”でもよく聞いていました。
2人で遊んでいる時に目の前でも「みて~」と合図を送られていたので、一概に寂しいだけではないのではないかと思います。ただ…“いつもの一日”にてんてこまいな時は、娘の方を見れてないのも事実です。
女の子は父親から離れていく…
幼児の頃から比べれば、幾分か回数が減った「みて~」の合図。
奥さんから「女の子は父親から離れるのが早いから、パパパパいうのもあと1・2年だよ」と脅され…あの時もっと「パパみて~」の合図にしっかりと向き合えばよかったと後悔しないように“いつもの一日”を”特別な時間”に近づけつつ…しっかりと叱るとこは叱りつつ、バランスを取りながら日々過ごしていきたいと思いますが…なかなか難しいんですよね。。
離れていくのは仕方がないけど…嫌われないようにがんばります!